牛は赤色に反応するのか

闘牛士は牛に向かって布をヒラヒラと翻し、牛を挑発します。

すると、牛は猛然と突進してきます。

これは、スペインの闘牛場ではお馴染みの光景です。

あの布の片方には棒がついていて、スペイン語ではそれをムレータといいます。

布は赤い色をしていますが、牛はその赤い色に対して興奮し、突進してくるというのは本当でしょうか。

子どもの頃から、ずっとそう信じてきました。

赤い色は人間にとっては興奮をもたらす色といわれます。

しかし、それを牛にそのまま当てはめる…というわけにはいかないようです。

というのも、人間と牛の視覚は同じではないからです。

人間は、赤、白、黒、青……いろいろな色を見分けることができますね。

ところが、牛は人間よりも色覚が弱く、すべてくすんだグレーのような色に見えているんだそうです。

つまり、赤い色は認識できていないというわけです。

ですから、闘牛士は、布の赤い色によってではなく、布のヒラヒラした動きによって、牛を興奮させているということになるのです。

人間とサル以外の動物は、色を識別できないといわれています。

では、どうして闘牛に使われる布が赤色なのかというと、赤は目立ち、戦いに適した色だから採用になったそうです。

ビスケットとクッキーの違い

ビスケットとクッキー、どちらも小麦粉を原料に使い、砂糖やバターなどを混ぜて焼いた洋菓子ですね。

ビスケットは、英語のビスケット(Biscuit)で、「二度焼いたもの」という意味のラテン語の「ビスコクトゥム」に由来しているんだそうです。

いっぽう、クッキーは、アメリカ英語のクッキー(Cookie)で、「小さなケーキ」を意味するオランダ語の「クオキエ」に由来しています。

ビスケットとクッキーには、語源的にそういった違いがあります。

ですが、お菓子としての両者の区別ははっきりとはしていません。

ある国語辞典では、クッキーを〝ビスケット風の小さな平たい干菓子〟としています。

日本ビスケット協会というものがありまして、そこでは、糖分や油分の合計が40パーセント以上含まれて、サクサクとした食感のものがクッキーで、糖分や油分を控え、パリッとしたものがビスケットであるとしています。

ちなみに、アメリカではそれらすべてをクッキーと呼んで、ビスケットというものはありません。

また、イギリスではアメリカの逆で、すべてをビスケットと呼んで、クッキーというものは存在しません。

同じお菓子なのに、国によって呼び方が違うんですね。

whisky と whiskey

ウイスキーという言葉は英語からきていますが、英語のウイスキーにはwhisky と whiskeyの2つの書き方があります。

「e」があるかないかというちょっとした違いなのですが、2つの書き方があるのには理由があります。

ウイスキーは12世紀ごろアイルランドではじめてつくられたといわれています。

イギリスにおけるウイスキーの2大生産地が、アイルランドとスコットランドです。

アイルランド産はアイリッシュ(アイリッシュウイスキー)で、スコットランド産をスコッチ(スコッチウイスキー)といいます。

両者はいわばライバルといった関係で、お互いが違いを示すために、アイルランド人は「e」を入れてwhiskeyと書き、いっぽうのスコットランド人は、whisky と書くようになりました。

アメリカではだいたい輸入ウイスキーはwhisky と表記し、国産のものにはwhiskey が使われます。

日本産のウイスキーにはwhisky が使われています。

それは、日本のウイスキーがもともとスコッチタイプから出発したから、なんだそうです。

若い頃はウイスキーがどうも苦手で、もっと大人になったら美味しく飲めるものだと思ってました。

が、やはり今になってもやっぱり苦手。

きれいなお姉さんに水割りを作ってもらったことがありますが、やはり一緒でした……

寿司屋のあがり

お寿司屋さんや料理屋さんでは、お茶のことを「あがり」といいます。

漢字で書くと「上がり」なのですが、どうしてお茶のことを上がりというのでしょうか。

ものごとの終わりのことを「あがり」といいます。

すごろくでゴールすることも、あがりといいますね。

お寿司を食べて、さいごにお茶を飲むので、食事の締めであるお茶を「あがり」と呼ぶのでしょうか。

お茶の「あがり」は「上がり花」からきているんだそうです。

その昔、遊里では「茶」という言葉を使うのを嫌っていたそうです。

客がなくて暇なとき、遊女や芸者たちは茶をひきました。

そこから、「茶をひく」といえば、遊女・芸者などが暇であることを意味するようになったのです。

「茶」という言葉は「茶をひく」に通じます。

そこで、「茶」という言葉を使うのを嫌って、いれたての「茶」のことを「上がり花」と呼ぶようになりました。

お寿司屋さんや料理屋さんで、お茶のことを「あがり」と呼ぶのは、「上がり花」からきているのです。

「上がり花」の「花」を略して「あがり」と呼ぶようになったんだそうです。

さしみ醤油を「むらさき」といったり、お会計を「おあいそ」といったり、日本語は難しいです。

埋立地に開業したJR鶴見線

神奈川県のJR鶴見線は、1926(大正15)年に開業しました。

当時は鶴見臨港鉄道といい、設立したのは浅野総一郎です。

浅野氏は一代で浅野財閥を築いた実業家で、浅野セメント(後の日本セメント、現在の太平洋セメント)を立ち上げ成功を収め、明治期のセメント王と呼ばれました。

また、鶴見埋築株式會社(現在の東亜建設株式會社)を創立し東京湾の埋め立て事業を推進して、京浜工業地帯の形成に貢献しました。

鶴見線が通っている地帯は埋め立てでできた土地であり、駅名には埋め立てに尽力した人物の名前が使われていて、そのなかの1つが浅野氏にちなんだ「浅野」です。

「扇町」という駅名もあり、こちらは浅野家の家紋である扇にちなんだ駅名です。

「末広町」は廃駅となりましたが、浅野氏の家紋の扇の形に由来した駅名です。

ほかにも、埋め立て工事の協力者であり浅野セメントの取締役でもあった安田善次郎にちなんだ「安善」、鶴見臨港鉄道の発起人のひとり白石元治郎にちなんだ「武蔵白石」、同じく浅野セメントの取締役だった大川平三郎の「大川」などがあります。

「鶴見小野」は地元の大地主・小野信行に由来した駅名です。

曹洞宗の本山・総持寺が近くにあることから「本山」というそのままの駅名もあります。